巴波重工から始まる『卓上減圧蒸留器』の無限の可能性
2024.03.22
研究員:Labomen No001
巴波重工、安永昌平氏が開発した『卓上減圧蒸留器』がバーシーンに及ぼす影響と可能性について名古屋市にある「BARねじ錐」にてセミナーが開催された。
蒸留に<で>革命を。
巴波重工が『卓上減圧蒸留器』で造り拡げる、全ての”作り手達”の新たな個性の在り方。
全国で行われてきた同セミナーは開かれる度に規模が大きくなり、今回も過去最大人数が集まり開かれた訳だが、改めて『卓上減圧蒸留器』が専門家たちの注目を集め続ける理由、エンドユーザーにとってどんなメリットが広がるのかを安永氏へのインタビューを中心に、「キッカケ」を探るレポートとなればと思う。
|巴波重工、そして『卓上減圧蒸留器』とは?
トマリギ研究員の「お酒は好きなんですか?」という質問に嬉しそうに答えてくれた安永氏。
「もちろんです!お酒が好きだからこそ、こうなっちゃってますね(笑)。それに、昔からものづくりが好きだったんですよ。みんなが買うのが当たり前と思ってるものを自作したら面白いなと思って、小さい頃からよく何かしら作っていたんです。」
安永氏が開発した「卓上減圧蒸留器」で蒸留を行う。蒸留している中の様子が見えるのもポイント。
安永氏は物心ついた時からものづくりに携わっており、「巴波重工」にて行ってきた数々の発明を自身が代表を務める個人サークル「巴波重工 | UZUMA HEAVY INDUSTRIES」Webサイトにて公開している。今回持参いただいたのは、フルーツや草花など、素材本来の繊細な味を可能な限りそのまま抽出することのできる革新的なバーツール、『卓上減圧蒸留器』である。
蒸留するには液体を沸騰させる必要があるが、液体、それに溶け込んでいる成分を加熱すると、ポジティブな香りがとんでしまう上、ネガティブな香りが新たに生まれてしまう。そこで、圧力を下げることで、低い温度で沸騰が可能になり、熱ダメージを与えない蒸留分離、つまり「素材をみずみずしいままで抽出することのできる減圧蒸留」を可能にした。
また、低温での減圧濃縮(煮詰め)も可能であり、例えばイチゴを処理すれば、色鮮やかでみずみずしい味わいの濃縮ジャム、濃縮シロップ、そして芳香蒸留水を同時に得ることもできる!
安永昌平氏。左奥は今回のセミナーの会場「BARねじ錐」のオーナーバーテンダー、齊藤泰史氏。
|使い手〜エンドユーザーまで。ビジュアルや使い勝手を含めた「理想の形」へ
安永氏が最も大切にされた部分が「第三者が使える」ということ。この『卓上減圧蒸留器』の魅力の一つとして、機械に明るくない人でも簡単に取り扱うことができると言う点である。
洗浄が楽であることや、ネットショップや近所のホームセンターで簡単に各種パーツを手に入れることができ、更に持ち運びも簡単でゲストシフトも視野に。想定するユーザー像を、バーテンダー、更にはそこで働くスタッフへとシフトし、取り扱いを簡易化しつつ、BARに置かれることを想定した時に生まれた「お客さんの目線」も踏まえた。BARのカウンターで、まさに目の前で蒸留している様を見ながら、その蒸留されたお酒を飲むことができる。視覚的にも、暗いBARの中で妖しく光りながらグツグツと蒸留が行われる様など、ワクワクするようなビジュアル、使う者と見る者双方にとってベストな形を追求した。
簡単に取り外しが可能で、洗浄も楽々できるよう造られている。チューブなどの備品も通販で安価に手に入るものばかり。
蒸留されたものがチューブを通っている所が見えるのもポイント。安永氏のこだわりはヘッド部分が何色にも光るサイバーパンク感。
今までに、減圧蒸留器は数は多くないにしろ存在はしていた。では、何故普及しなかったのか?
従来の減圧蒸留器の内の一つがロータリーエバポレーター。海外の大規模なバーでは幅広く使われているが、一方で一個人店が導入するには非常に高価かつ、占有面積が大きい。操作には熟練を要し、部品の洗浄にも手間がかかる。その上、ほとんどの部品がガラス製であるため壊れやすい。
その為、個人経営のコンパクトな日本のBARに導入するには非常にハードルが高い機械であった。そこで、安永氏が最も大切にしたこと、それは、より身近で、扱いやすく、取り入れやすい。加えて、導入しやすい金額であるということ。
様々な可能性を想像する安永氏。
|蒸留は一期一会。一生の中で、その瞬間にしか体験できない味がある
手前のボトルは全て安永氏が自身の蒸留器を使い製造した薬草酒。一つずつラベルも手作りだそう。
蒸留は、必ずしも毎度その味を再現できるわけではない。たとえ同じ素材を同じ分量入れ、同じ温度で同じ分数蒸留したとしても、その素材が季節ごとで味が少しずつ異なったり、取り巻く環境によって違う作品が出来上がることもある。毎度同じテイストを味わうという事はもちろん安定した楽しみがあるが、もう2度と出会えない味にその日だけ出会うという体験は唯一無二で、まさに一期一会。今回安永氏が発明した『卓上減圧蒸留器』の魅力のひとつであるスモールバッチ、つまり少ない量(100ml程度の少量)からでも気軽に減圧蒸留が可能という点は、その一期一会感をより一層大きなものにし、従来の味の楽しみ方を超え、さらに広がっていく。
「そのボトル一つずつに、全部思い出があるんですよ。これは、当時の友達からお土産で貰った柑橘を使ったもの、これはまた別の友達がついに彼の畑でニガヨモギの栽培に成功したときのおすそわけを使ったものだな、とか。減圧蒸留の技術を使えば、思い出の香りをそのまま瓶の中に閉じ込めることができるんです。まるでタイムカプセルのようで、とても素敵だと思っています。」
①BARねじ錐の入り口には例の山形のニガヨモギ職人から譲り受けた乾燥ニガヨモギが吊るしてある。
②齊藤さんが製造に携わったアブサン。アニスとフェンネルを加え蒸留した。
③安永さんが山形の方から譲り受けたニガヨモギを使用し造ったアブサン。
|「『卓上減圧蒸留器』=「個性発生器」
セミナーにて、その場で蒸留した芳香蒸溜水を試す参加者達。
「全国のBARにこの『卓上減圧蒸留器』が設置されたら、今よりもお店の個性が出て、「何を」「いつ」、「何処で」蒸留するかによって、よりBARの個性やバーテンダーの個性が際立つと思うんですよ。」
安永氏が驚いたのは、この卓上減圧蒸留器に興味を持った全国のバーテンダー達の使用用途が実に様々で、使用者達はあらゆる組み合わせを試し、安永氏が当初考えていた用途より遥かに膨大で芸術的な範囲まで広がっていったと言う。
「すごく驚いたのが、とある日本酒と食事をペアリングするお店の方が興味を持ってくれて。あくまでも日本酒なのでカクテルを作るわけではないんですが、海外だとガストロノミーを謳うレストランにはエバポレーターが入ってるんですよ。そのお店は、フラグシップの出汁があるんです。その出汁を蒸留してみたら、当然いい香りの芳香蒸留水が出来た。でも興味本位で蒸留器の方に残った残渣を味見してみたら、とんでもなく美味しかったんですよ。「すげーっ!」て。(笑)減圧蒸留はもちろんですが、この場合は減圧「濃縮」が決め手になって、導入を決めてくださいました。」
蒸留が進むと仕込んだ出汁はどんどん煮詰まっていくが、減圧蒸留ではこの煮詰めも熱ダメージを与えずに行えるため、風味が凝縮した減圧濃縮出汁を作ることができる。同じ減圧濃縮の原理で、色や風味を劣化させずにフルーツシロップやジャム、コンポートを作ることも可能だ。
この『卓上減圧蒸留器』の使用用途は、バーテンダー、シェフ、パティシエなど、作品を作る使い手によって無限に広がっていく可能性がある。
そのポテンシャルを、この「卓上減圧蒸留器」は確かに持っている、と安永氏は言う。今までできなかったことが、絶対に出来るようになる、と。
|全国のバーテンダー達がセミナーへ参加。
様々な県から来た参加者達。バーテンダーのみでなく、飲食、お茶、あらゆるジャンルのスペシャリストが集う。
質問する参加者達。セミナーで全国を回る安永氏だが、名古屋でのセミナーは最も質疑が積極的な1日だったという。
今回のセミナーの企画・主催したBARねじ錐の齊藤泰史氏。アマーロやアブサンなどの薬草酒を始めとした独創的なカクテルが得意。
①「BARねじ錐」の看板。店外は和風、店内は洋の造り。明治時代や昭和初期を彷彿とさせる空間。
②店の前には枯山水、大人達の遊び場である那古野・四間道の複合施設の一角に位置している。
|お酒が苦手な人も、好きな人も。BARやレストランへ行く、新たな楽しみと価値
昨今はアルコール度数の低いカクテルを求める風潮がある。一般的なカクテルは、その「香り」だけが欲しい場合であっても、スピリッツやリキュール、シロップに頼る必要があるため、アルコール度数が上がってしまったり、余計な甘さがついてしまったりと、どうやってもノンアルコールやローアルコールだと叶わない味も存在する。『卓上減圧蒸留器』を使えば、そんな作り手が一度は叶えたいと思った脳内の味を、任意の素材を使って少量から試作ができる。既存のアルコール飲料やシロップに縛られず、作り手が思い描く香りと味わいを自由に生み出せる減圧蒸留器は、お酒という枠組みを超えて新たな飲み物を生み出すための強力な武器になる。
「海外のBARに行った時に、出てくるカクテルのほとんどがラボで作られたプレミックスで、確かにエバポレーターも活用して素晴らしく美味しいものではあったのだけど、日本のBARに慣れ親しんだ身としては少し寂しさを感じました。一方で日本のBARって、目の前で果物を加工してくれたり。自分のために、まさに今、目の前でカクテルが作られてるっていう、ライブ感そのものが楽しかったんだなと思い至ったんです。だったら減圧蒸留器もお客さんの目の前であるバーカウンターに持ってきて、しかも蒸留の様子を美しく魅せられたら、それはカクテルを作る過程も価値として提供する日本のBAR文化そのものなんじゃないかなと。そして、蒸留器の中ではその時期のその地域にしかない素材が蒸留されていて、その蒸留の様子を眺めながら、カクテルを楽しむことが出来たらなら、間違いなく世界に自慢できる唯一無二の体験になると思います。」
この『卓上減圧蒸留器』が、近い未来に全国のあらゆる業界に導入されたとして、その普及は装置の目新しさを失わせるものでは決してない。むしろ、各人の個性を呼び起こし、膨らませ、更に大きな未知の可能性に繋がっていく予感がしてならない。そして、BARの新たな価値となり、一つのエンターテイメントとして、多くの人々がBARに足を運ぶキッカケとなるのではないだろうか。
※商品の希望小売価格は約48万円(税込)となります。
※受注生産となりますが、注文が立て込んでいる為、納品は夏頃を予定しております。
※卓上減圧蒸留器に関する問い合わせや制作依頼等は安永さんのインスタグラムアカウントへ直接お問い合わせください。
Shohei Yasunagaさん 巴波重工 | UZUMA HEAVY INDUSTRIES = 安永さんが独自に機械開発を行う個人サークル。
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齊藤 泰史さん BAR ねじ錐 オーナーバーテンダー 1975年、石川県生まれ。25歳の時に様々なBARやレストランにて研鑽を積み、2014年に自身の店「BARねじ錐」をオープンする。アマーロやアブサンなどの薬草酒をメインに、食や漢方等、様々な要素を取り入れた芸術的かつ独創的なオリジナルカクテルを楽しめる。店舗営業の傍らでバーの発展の為、様々なセミナーやイベントを企画・参画しており、今後も自店舗のリニューアル含め、まだまだ面白い企みを企画予定。 ▶︎BAR ねじ錐 Web page
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文 清水結菜
トマリギ研究所
編集 藤田 智己
トマリギ研究所
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